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以前つくった宗教テンプレートで、邪教マスティマを煮詰め…ようとして
まとまらなくなった途中までの個人的殴り書き。
テンプレ使用例、もとい自分のデータまとめのつもりで始めたんですが、気がついたら
色々と内容がややこしくなり、えらい量になり。期間だけなら長い事考えてるのに
やればやるほどゴールが遠いと気付いたので…
一旦、完成を諦めました。orz
セッションレビューとかどんだけ更新停滞してんねん状態ですが、とりあえずこの辺の
下書きのまま放置してるネタを吐き出しきってからにしようと思います…
内容の指針としては、
・邪教=帝国基準から見て、ではあるので当人たちにとっては正義。…ですが、外部から見ても戦隊モノの敵のようなベタさというか、ザ・悪の宗教!邪教アッパレ!な感じのストレートさを出そうと、色々作ってみた、つもり。
・「神様」が自意志や感情(のようなもの)を持って、「実在」してしまっています。
…現実世界の神や信仰と違って、神罰ばりーん!で力を与えてくれちゃう存在ですので… アンデッドという魔物や死者蘇生の概念がある以上、魂や霊体も「実在」する世界だと考えると 精霊や魔物が居る世界で、ファンタジーでしかも邪教。神様が喋ってもいいじゃん!と。…ていうか折角そこまでOKなんだから、実在してくれないと勿体無いような気がした。(
・現存する宗教の一部解釈を無意識or意識的に参考にしたり反転使用してるので、見覚えがあったり妙に理屈が通っているよーに読めてしまう部分も、もしかしたらあるかもしれません。信仰してる当人達は当人達なりの主観視も客観視も含めて、「正しい」と信じているモノであり屁理屈でも理屈が通ってなかったら本来成り立たないだろう、という前提で組んでいます。
・でも適当な部分は超適当です。雰囲気だけ。っていう落差の激しさ。結局は屁理屈の塊です。言わずもがな。
たぶんそんな感じ。
●「どんな神様ですか?」―――信仰物および神物と概念。
・具体的になんて名前の神様で、どういう存在、信仰概念なのか。
必要悪にして絶対の悪、そして最たる知の根源にして、審判する神 「マスティマ」。
「父母が、子に力と痛み、愛をもって世の理をその身に教えるように。この世の知ある生命全ての、尊き戒めの最たる物こそ力にして畏れ―――悪のはじまりである」
「善とは生まれるべくして出ずるもの、本能であり本質的なものであるが、そこに律はなく、時に矛盾と対立を生む、混沌たる概念である。
そしてまたその対のように悪は語られるが、悪もまた生まれるべくして出ずるものながら、そこに律をもち知をもてば、それは尊く揺らぎの無い力になろう」
「そう、悪とは知と理の根源であり、卑下、否定するものでは決してなく、
頭を垂れ許容すべきものである」
「生命は、悪によって試されている」
…と、語る。 敵意・憎悪・欲望――悪意という感情の「存在の肯定」と「現れの否定」、「制御の上での行使」の上に、生命の理想の世界が成り立つだろう、という教義。
「悪魔としての悪」ではなく「神聖としての悪」を崇拝する、といった所か。
つもるところ、マスティマの教義の語る「悪」と、世間一般の「悪」はその意味合いがやや異なる。行き過ぎた欲望の暴走や、それによる暴虐は、「原悪」「害」として教内でも蔑まれ、自愛や他愛から生まれる敵意、必要による暴力などを「正悪」あるいは単に「悪」と彼らは呼んでいる。
(この感覚的な認識の違い、言語意味の不一致にも、誤解や印象錯誤の問題は小さくは無いと思われる)
具体的な創生神話の序は―――
「古代、生命はまず皆「母なる混沌」から生まれ、そこには畜生も虫も無かった。
精霊や魔性と呼ばれる魂、他の存在の上に立つ神々すらも、原初には等しく無秩序であった。上位の魂・神々達は、地に生きる生命とは絶対的に異なる力と知を持ちながら、自己の物とするのみであり、他の生命に知を、律法や戒律を、秩序を与える存在はまだ居なかった。」
「その混沌、生命の淘汰の中から力と知をもち、勝利によって立ったのが神マスティマである。彼はその力により、他の理不尽な侵略と淘汰を征する。その知によって生命に可能性を見いだし、裁定し審判する事を決めた。そして生命を選び取り、知と理を与え、淘汰と選別によって、神へ近付く可能性を試される生命―――知ある種族と位置づけ、多くの種族を今のように思考し、生活する種族へと進化させた。こうして彼は知ある種族の父なる神となった。」
「彼は生命に、知と共に痛みと試練を与え、力によって支配した事から「悪」と呼ばれるに至った。しかし彼はその、世に当然とはびこる存在を忌み、しかし同時に愛しみ哀れんだからこそ、あえてその言葉を許容し、自らへのものとした。そのうえで言った。
「悪を恐れ、私を畏れよ。畏れによって生命は我が身を知り、自戒という知を得る。
善は尊いのではなく、当然の摂理でなければならない。
そして悪こそは、尊い存在である。」
そして彼は選んだ生命の中から更に、最も悪と試練の隣に居る存在としてエルフの一族と契約し、マスティマの使途と呼ばれるダークエルフを生み出し、永き生命審判の時を歩む事になった」
…このような聖典の伝承のもと、マスティマの信者はその戒律によって生き、また彼らの教義に反する存在を審判や聖戦、戒めと称して淘汰すべく活動している。
これらの話が真実かどうか、証明する術をほぼ一切持たぬ点は他の神話となんら変わりはない。
・一神教なのか二神教なのか、多神教なのか。唯一神信仰なのか。
アニミズム的かシャーマニズム的か、トーテミズム的か。
他教においては、善神と対になる悪神、と位置づけられる事も多く、今もその影響により悪の君主と言われる。
マスティマ教内においては、善はそもそも本能かつ混沌の中に生まれ出ずるものであり、支配するものでもされるものでもない。しかし悪およびマスティマはそれらを超え、戒め、唯一の知の高みへと導く絶対君主である…との教えであり、形態としては一神教に近いか。
神以外には聖人や聖霊も存在する。また教主が神や聖霊の言葉・意思を直に伝える存在、現世マスティマとして、神と同じ名で呼ばれる権利と責を与えられる点や、「祈り」による神の言葉を使用した魔術行使の形式に、ややシャーマニズム的な面を持つといえる。
・現世利益と来世・死後世界、どちらに比重を置いているのか。輪廻や昇華の概念があるのか。
重きはあくまで現世であり、マスティマ自身が「生と死とをもつ現世に、生命として生まれ出で、生命の苦しみを知り、その死を超越して神となった」などと言われている。肉体を持ち今を生きる生命が最も尊く、慈しまれ審判される価値があると見るようだ。
輪廻の概念はある。死後は混沌、善である存在へ帰依すると教えられるが、それは同時に悪を行使できる肉体を持たぬ状態、休息にして停滞、「眠り」であるとされる。 再度、知ある存在として、悪と苦しみの現世にまた生まれ、試練によってその魂を琢磨する事の出来るよう、生きた今に正しき悪の使徒である事が望まれる。
「原悪」または「幸福による怠惰」のみに拠って生き、正しき悪によって働くことを怠った者は、マスティマの審判によりその魂を畜生へ落とされるとして、安易で早計な死は避けられる。
・功徳や穢れ、日常生活で尊ばれる行動理念があるのか。
日々、聖典の規律に従い、自戒をもって生きること(後述)。であるが、
基本理念としては、自分は日々試されている存在であると認識し、自律と自立の精神を自らで確立し、常にその理念をもって生きる事…が望まれる。
更に言えば、選ばれた存在として、知を高め、知ある生命を磨きあげるために、駆逐されるべき存在を選別し断罪せねばならない等ともされる。
端的に言うと、自らの意志による明確な信仰の理由をもち、何を自らに許し、何を自らに律して生き、何を使命とするのかを、一人一人常にもって生きる事が具体的に求められる。その内容は信仰告白文として「告白」の儀(後述)にて定期的に教会に、そして神自身に直接審判される事になっている。それらに対しより忠実に、常に自らを自らで推し測り生きる事が、功徳そのものとされる。
穢れ・罪とされる行為は、まず全般的に理由の無い原悪行為。しかしこれは極端な話、
暴力、略取略奪、非人道的な行為も、当人なりの理由や理屈があり教義と「告白」において
許されてさえいれば是、許されていなければ否、とされてしまう。
全ての穢れや罪の基準と価値観が、教義と戒律に寄り、世の道徳と異なるだけでなく、内容の差異は個人によっても大きい。
マスティマ社会においての基準で(上記の許容によって変わるが)一般的に非とされる分かりやすい穢れは、無礼、無知、無為、無思考、など。
(…もうちょい考えようと思いますがそろそろ力尽きてきた)
●「その神様に従って、人々はどんな生活を送りますか?」―――生活上での習慣や身分・職業差。
・人々の日常、人間関係や恋愛観や教育、にどう関わるのか。
自然、自尊心と選民意識が強まり、厳しさと許容の両面を持つ規律と戒律によって、意識と行動が真っ二つに線引きされる。
つまり教義で定められた(非常に大まかな)ルールを破れば非難・弾劾されて当然であり、それらは厳格に守らねばならない。が、基本は自立と自律に寄り、人の心に芽生える悪を否定しないため、ある意味で解釈や選択の全てが個人・司祭者の自由とも言える。
(マスティマ教の殆どを占める種族、ダークエルフの非常に都合の良い教えであり、
堕落を好む傾向のある彼らの許容しやすいルールであると一種の研究者は言う)
仲間意識は強いが、身分や上下の差別感情も強く、男女は明確に男が上位とされる。教育も教内のしきたりによって生まれや育ちからハッキリと線引きされ、上下が明確に区分された上で、死ぬまでの身分に著しく関わる。
例えば形式上、実際にその手で世に悪を行使する者、僧兵などは「最も神に喜ばれる存在」「使徒であり戦士」等と持ち上げられるが、立場は全体の下位にほぼ固定された身分である。
・成人と子供、性別差などに特別な観念があるのか。
マスティマは男神とされ、また生命として未熟な存在を導き試すという教義全般から、一般社会より更にハッキリとした上下関係がその間に築かれる。
全体的な観念としては 身分・血脈の上下>年功序列>性別差 といった扱い。
未成年は成人より遥かに厳しい制限と管理の元育て見守られ、成人の儀(後述)は18、それより職業と身分がほぼ完全に固定され、以降は社会的所属が変わる事はまずない。更に性別差は、女性は身分・年齢が上ならば尊重はせねばならないが社会的権利と所属については完全に別となり、「女は女」として赴ける場所、就ける職業、行える仕事などに成人の前後共に制限が置かれる。
しかし同時に女性の就ける仕事にも特有の種別は多く、聖女と呼ばれる上位かつ男子同等の職務権限を持つ身分や、女兵といった職も存在する。
・洗礼儀式や通過儀礼はあるのか。
重要な儀礼は全て「神の扉」と呼ばれる祭壇の前で行われる。
この扉の向こうには神マスティマが鎮座しており、全てを見つめている。
教内の血脈に生まれた者は誕生と同時に洗礼と名付けの儀を行い、18の歳に成人の儀、身分と所属の最終的な決定が下される。
更に10年に一度、それぞれの生まれの日に「告白」の儀が毎回行われ、自らの信仰、信念を「神の扉」の前で改めて告白、あるいは懺悔のような吐露を行い、神の前でその信仰を直接、定期的に審判される事が求められる。
マスティマは饒舌だが寡黙な神である。
請われ、なおかつそれを認めなければ、多くを語ることはしない。
どの儀も返る答え、審判は是か否の短い「言葉」が殆どであるが、ごく稀にマスティマの意志がハッキリと示された「言葉」が返る、あるいは「扉」が開き、マスティマ自身に対面を許される事がある。そういった事実は教団内で非常に価値ある事として重く受け止められ、場合によってはその者の扱いが大きく変わる事もある。
・戒律や立法はそこにどう関わるのか。
マスティマ教とそれに寄るダークエルフの一族や信者達の在る集落・領区では、完全な政教融合および教義=法の社会が形成されている。
アドロード及び帝国には「邪教」と位置づけられ迫害されているが、帝国の領区外で、やや世間世俗から隠れながらも一定の領地と資源をもって、独自社会が形成されている。
教義を破り、神を非難すれば、その「神が作りし」法の下に、裁きにかけられる。
・教会や寺院、その中の協会や権威集団はどんな形態か。
・教祖、教主はいるのか。神官や司祭、僧や尼はどんな存在なのか
…。
このへんから更に、僧院・修道院だの元老院だの、という組織形態を構築するのが…
非常に 時間がかかり 手間のいる部分 だと気付いたので
…ギブアップで…!
もうちょっとよく考えてのんびり、頑張って練ろうと思います。
信仰シンボルや聖句なんかも今度に。ジャン使った時に戦闘のノリで作った奴が
一部だけ決まってるので、その辺だけちょっと置いておきます。下記。
・聖句
様々あるが、主には「13の祈りの聖句」と理(ことわり)が中心となる。
第1の句「マスティマ」――畏れ
「その眼を開き、知に気付く事が知の始まりである」
神の名そのものを知り、唱える事が原初とされる。
第2の句「ティ・スティアム」――敬意
「頭を垂れ、その魂をもって真実に従え」
これを唱える事を、信仰の契約の始まりとする。
第3の句「ヴィカ・ローダ」――行使
「言に表し、行為に現す事で信仰は示される」
これを唱える事を、信仰の証明の始まりとする。
第4の句「エルラナ」――痛み
「過ちと恐れを知る為、生命は等しくこれを持つ」
これを唱える事を、信仰の確認の常とする。
…
こんな感じ。 しかし 13も考えられねーよ!(血涙)
戦闘のノリで…適当な呪文作るんじゃなかった…11の句とか言い出しちゃったから…
もうなんなんアイツ…(
・聖人
代表的な聖人には次のような存在がいる。
「導きの祖 ナバル」
マスティマに頭を垂れ従った最初のエルフ。古代の契約により「マスティマの使途」となる
ダークエルフ一族の始祖となったうちの一人であり、マスティマ教の教祖と言われている。
その魂は輪廻すらも超え、神の隣で永劫の時を刻む事を許された唯一の存在であるとされる。
「戦士 アーシマネ」
「弱くも思慮深き女 ルシルエ」
…戦闘のノリで(ry
名前だけポンポン出しちゃったは良いけどどんな人達なのかあまり決めてない方々。
半アンデッドっていうか浮遊霊みたいに、こういう「神話の人々」もまだ現世に実存してたら
面白いかなとか思ったりします。だから何に使うってワケでもないですが。
あと、ファンタジーの世界では神様という存在の実在・非実在を問わなければならない。と
気が付いた時点で、テンプレにもう一項目増やす必要があると気付いたので。
その部分も先んじて記入。下記。
★「現実には、その神様はどういった存在ですか?」―――実在形態。
…
「マスティマ」が神と呼ばれる、それだけの能力を持った思念体である事は確か。
ただしやはり、本当に伝承の通り創生や生命の秩序に関わった存在なぞであるのかは、他の神々と同じく一切不明である。人の眼から見れば全知全能と言える力量なのかもしれないが、当然ながら万能ではない。
特性としては、ハッキリとした、それでいて人から見ればとらえどころ無く不安定な、恐らくは「生物」の範疇より膨大なのであろう、自意志と感情を所持している。いわゆる人から見た個すらも、あると認識して差し支えないだろう。しかし生命と呼べるかは不明。
固定の実体が無く、様々な形態をとって現れる事が出来るが現在、自由に肉をもって顕現するのは聖地の一角、「扉」と呼ばれるものの向こう側だけのようである。そしてその地に存在として居ながら、己の力、特に信仰者を通して世界を(視覚・聴覚とはまた別の感覚で)見聞している節がある。
マスティマ教には輪廻の概念があると先述したが、事実として恐らくは、信仰契約をした死者の魂を支配し、独自の区別をもって再生の輪に捕らえている可能性がある。それが行使できる存在である時点で「神」であると言って良いのかもしれないが、果たしてその行為に意味があるのか、人間なら100年、エルフなら400年の生命の存在寿命を終えた魂を、禁術、死者蘇生、アンデッド化…そのどれでもない、自らの力による「輪廻」に捕らえ、世界の生命に干渉して何を果たそうとしているのかは、不確実である。
確かなのは、「彼」もまた世界に作られた存在である事、目的をもって動いている事か。
…
古代の伝承において、闇の勢力と契約した存在がダークエルフであるが、そもそも彼ら使途の一族の「契約の根本」が本当に今「マスティマ」と呼ばれる存在であるのか、その確証も既に無い。ただ、聖典によるとマスティマと初めて対峙した教祖ナバルは、かつてマスティマを「友」とすら呼んでいたそうである。
原初には、その名は「何」を指すもので、「誰」であったのか。多くは語られない。
――――――――――――
…
とりあえず、マスティマという宗教の大まかな思想概要は大体こんな感じです。
うん。 うっ
さんくせえええええええええええええええええええええ(ry
みたいな。自分で書いててこれ宗教じゃねえよ!って苦笑いが止まりませんでした、ハイ。
「邪教」だから許される何かのような気がする。スレスレすぎる。
ここから、「ソムニフェルム」の方についてちょろっとチラ裏。
「ソムニフェルム」は、あくまでマスティマ教会の後援団体、外部組織にあたります。いわゆる子会社みたいな…?(
協力関係にありますが、ソムニフェルムに属する同志はソムニフェルムの思想に従っているのであって、マスティマの直接の信者である必要はありません。教団に直属で息がかかっているのは、ジャンと一部の同志達のみです。
これだけそれなりに厳粛かつ規模のある教会が、そんな協力関係を築くに至ったのには一応の理由があります。アナトリクが要請したからなんですが。
ソムニフェルムの首領2人、創設者のアナトリクとファランですが、ファランの方には、信仰は全くありません。協力者として契約をし敬意を表している程度。
マスティマよりも何よりも、自分とアナトリクを中心に共闘し、傾倒しています。
一方アナトリクの方はというと、彼自身マスティマの信仰者であり、正式に洗礼を受けています。が、その経緯とかに組織編成の事情やらが色々と関わってきます。
アナトリクは元々の信仰地域や一族に生まれたのではなく、外部からその地に流れ着いてマスティマを知り、信仰を決め、洗礼と告白の儀を受ける事を決めました。そういった人々は教団社会では本来、最下層に受け入れられはしますが、それきりです。
その中での身分的な保証も扱いも、基本的には以上にも以下にもなりません。
ところが。
アナトリクが「告白」の儀を行った所、「扉」が開き、マスティマと対面・会話してしまいました。
なんの気まぐれか「神様」が、アナトリクを気に入ってしまったらしい。という。
それまでの歴史で「告白の儀で「扉」が開かれた記録」は、使途の一族、選ばれたダークエルフにしか起こりえない現象でした。しかも近年、教団は不安定な状態で、長年「扉」も開いておらず、色々と危機が取り沙汰されていました。
そんな訳で、その「事件」はマスティマ教団内で天地がひっくり返った騒ぎになったりしました。
神の言葉を聞いた者を、いくらなんでも最下層の信者として放っておく訳にはいきません。とはいえ、教会や使途の一族は信者とはいえヨソ者のドワーフに、権力なんて与えたくありません。
どうするべきかとなりましたが、神様と会話して、出てきた肝心のアナトリク当人が望んだのは、
「神から使命を頂いた。個人の意志で、外で働きたいので協力してくれ」
…でした。という訳で、新たな神の意志の一つとして、象徴のケシの花の名前を与えられた組織「ソムニフェルム」が作られ、全面的に後援する事で決着。…大雑把に言うとそんな感じです。
ジャンがアナトリクに傾倒する理由の、大きな要因はコレです。
自分が最も尊敬する神に、種族を超越して選ばれ、使命を与えられるだけの思想を持った人。教団社会のほぼ実質の最下層で、どれだけ教義に忠実に信仰して働いても認められなかったジャンには、アナトリクこそが理想であり、神に最も近い存在に見えたようです。
…だからってアナトリクが神様と並ぶほどに凄い奴かと言われたら、当然ながら全くそんな事は。冒険者に一戦で捕まっちゃうレベルですもの。(真顔)
神様のお声を聞いたんですーとかそんな程度の、ふっきれたせいでちょっと師事されてるだけの、戦闘という職人技量のある凡人です。そう思っております。
そもそもその「神様」が怪しいっていうか、悪魔だよねそれ。みたいな存在ですから。悪魔と個人的に意気投合したって言い方も妙ですが…限りなくそんな話に近い。意気投合すんなよ。
いずれシンボルや外形、組織形態も固まったら、ビジュアルとしてマスティマ描きたい。
宗教画みたいなん。…正直それだけの為に作ってる。
HP:
趣味:
自己紹介:
【ペドロ、カミラ、ガナム】
過去使用・保留PC
【シシ、スイ、瑠璃丸】
関西圏の某芸大でデザインを学びつつ、TRPGサークルに所属。卒業後はデザイナーに試用就職のち、現在は観光業に従事しています。
※職業上、土日祝が繁忙かつ盆正月がなく、現在AA出現頻度が激減しています。幽霊PL状態ですがご了承下さい。
●現在の興味(雑食・悪食)
ワールドミュージックや民族音楽
(ブルガリアン・ポリフォニーなど宗教合唱、北欧トラッド、オセアニアや欧州~中東~アジア諸国の土着系音楽)
各国の文化諸宗教。民族原初の神話伝説その他。
漫画・アニメ・ゲームは言うまでもなし。あとなぜか宝塚歌劇団。
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